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2014年、第2次安倍改造内閣が掲げた地方創生。「地方が成長する活力を取り戻し、人口減少を克服する(※1)」ことを基本目標に、新型交付金をはじめとする財政面での支援や国家戦略特区の設置、政府機関の地方移転といった具体的な取り組みが実施されている。

 

では、このような取り組みは実際に地方の抱える課題の解消につながっているのだろうか?

 

地方創生では、東京一極集中の解消を課題としている。しかし、東京圏(東京都、埼玉県、千葉県および神奈川県)への人の流れはいまだに継続しているのが実情だ。

 

大阪圏や名古屋圏が転出超過を記録するなか、東京圏は21年連続で転入超過を記録していることからも、東京一極集中は今なお解消されていないことは明白である。しかも、その大半を1524歳の若年層が占めていることを考えると東京一極集中の解消には多くの課題がある。(※2)。

 

しかし、確実に地方創生を体現している地方自治体も存在している。それも、地方創生という言葉が取り沙汰される10年以上も前から…

 

そんな地方自治体の1つが、島根県隠岐郡海士(あま)町だ。

※1 「第2回 国と地方の協議の場 資料1『地方創世の推進について

※2 「まち・ひと・しごと創生基本方針 2017」

消滅寸前だった島根県の海士島…

島根県の北部、日本海に浮かび島前三島のひとつに数えられる中ノ島。別名「海士島(あまとう)」とも呼ばれるこの島を中心とする島根県隠岐郡海士町は、人口減少、少子高齢化、財政危機に直面し、2000年頃には財政破綻寸前だった。

 

折しも、同時期に全国で市町村の合併、いわゆる「平成の大合併」が進められた。海士町も例外ではなく、県や政府から近隣の町との合併が提案され、まさに町そのものが消滅の危機にあった。

 

町の存続が危ぶまれていた2002年、町長に選出されたのが現職の山内道雄町長だ。海士町に生まれ育ち、1995年から海士町議を務めていた山内氏に海士町の未来が託された。

 

いま現在に続く、海士町の“生き残り”をかけた戦いが始まったのだ。

町長も行政職員も町民も、「海士町を何とかしたい」という思いは同じ

山内氏がまず行ったのが、町長である自らと副町長らの報酬削減だった。

 

「行政を担う自分たちが身を切らなければ、海士町を本気で何とかしたいという思いは町民たちに理解してはもらえない」

 

そんな思いからだった。

 

呼応するように、役所などに勤める職員も自分たちの給与カットを求め、一時は職員給与が全国最低水準にまで減った。

 

町長以下の職員、行政側の思いはしっかりと町民たちに伝わった。そして、町民たちも自分たちにできることを考え、行動に移していく。例えば、それまで行っていた町内を運行するバス会社への補助を打ち切っても良いという要望が寄せられた。「結果として運賃が値上がりすることになったとしても、町の財政負担を少しでも軽減したい」という思いからだった。

 

このような取り組みの結果、海士町の財政状況は徐々に改善の兆しを見せ始める。

そして、支出削減によって蓄えた財政をもとに、次に取り組んだのが産業の育成だ。ブランド牛である隠岐牛や岩牡蠣「春香」といった名産品を生み出すことで、地場産業の活性化と新たな雇用の創出を実現していった。

 

しかし、そんな海士町に新たな課題が生じてしまう…

 

・海士町について
http://www.town.ama.shimane.jp/about/index.html

海士町の直面した課題… たった1つの高校がなくなる?!

町にあるたった1つの高校、島根県立隠岐島前高等学校(以下、島前高校)の統廃合が検討され始めたのである。

 

少子高齢化により本土に移住する世帯も増えるなか、1998年頃には70人ほどいた島前高校の入学者数は、2008年には半分以下の28人にまで減少していた。県は高校統廃合の基準を入学者数21人としていたため、統廃合はまさに目前に迫っている状態だったのだ。

 

しかし、町唯一の島前高校が廃校となれば、人口減少がますます加速することは明らかだった。廃校後、島の中学生は本土の高校に進学せざるを得なくなるが、子どもだけを本土で1人暮らしさせることは親にとってかなりの金銭的負担となる。そのため、子どもの高校進学を機に世帯全員で本土に移住せざるを得ないという世帯が多くなるからだ。

 

島前高校の廃校は、まさに島の未来を大きく左右する問題だった。

島でたった1つの高校を廃校の危機から救った「島前高校魅力化プロジェクト」

そんななか、高校関係者のほか、島前3町村の町長や職員、近隣の中学校長などが集まり、島前高校の存続を目指して立ち上げたのが「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」、後の「島前高校魅力化プロジェクト」(以下、魅力化プロジェクト)。

 

島前高校魅力化プロジェクト

 

魅力化プロジェクトでは、島前にある中学校や高校の関係者(教職員・生徒・保護者)へのヒアリングを行い、地元住民や議会との意見交換会を通じて意見を集約して、島前高校魅力化構想を取りまとめた。そして、構想をもとにカリキュラムの改定や教員の確保、島内外へのPR活動、あるいは国への提言といった取り組みを実行していった。

 

その結果、島に在住している中学生の80%程度が島前高校に進学するようになった。さらに、

本土に暮らす中学生も島前高校に進学するようになる。2008年から比べると生徒数が倍増した。

 

島前高校だけではなく、町そのものも変わり始める。魅力化プロジェクトによって生徒数が増えたことで、地元住民も若い力に触発されるようになったのだ。例えば、ある集落では20年間途絶えていた祭りが復活している。

 

さらに、子どもを持つ世帯の移住も増えてきており、魅力化プロジェクトは高校のみならず、町そのものの活性化につながった。

 

島前高校魅力化プロジェクト
http://miryokuka.dozen.ed.jp/

 

魅力化プロジェクトで培った経験を全国の地域活性化へ「ふるさと魅力化フロンティア養成コース」がスタート

そして、この魅力化プロジェクトでの経験を、汎用的なものとして全国の地域活性化に役立ててもらうため、島根大学は地域活性化人材を育成する履修証明プログラム「ふるさと魅力化フロンティア養成コース」(以下、コース)を開講した。

 

島根大学の准教授であり、同大学の教育推進センターを務めている小田順二氏によると「立ち上げである昨年度(1期目)の挑戦を踏まえて、2期目である今年度は、受講生を巻き込んだより充実した内容になっています」と同コースの現状を説明する。

 

このコースでは、高校を中心とする教育の魅力化と、地域振興とを結びつける役割を担うコーディネーターと呼ばれる人材を育成している。

 

コーディネーターの業務は多岐にわたる。地域課題解決型学習では地域課題を提案、地元の人・生徒と地域の間に入って地域課題に関する学習を手助けすることもあり、キャリア教育のような探求型学習を担うこともある。場合によっては、海外の大学との交渉や現地でのインターンシップを支援することも。

 

実習の様子

実習の様子

 

2期目を迎えた今年度は、全国の自治体職員やNPO職員などが仕事をしながら受講している。

 

小田 順二氏

「島根県だけではなく、北は新潟県、南は沖縄県今帰仁村から受講生が集まっています。職業も、すでにコーディネーターとして高校の魅力化に関わっている方や、教職に就かれている方、自治体職員の方、公営塾で指導されている方など様々です」(小田氏)

 

このような、全国各地の社会人を対象とした学びの場を実現できた背景には、遠隔教育の導入がある。1年間の授業は計120時間以上となるため、コース立上げの段階から1年をとおして島根大学のキャンパスでの集合型学習を行うことは現実的ではなかった。そこで、V-CUBE ミーティングV-CUBE セミナーを活用したインターネットによる遠隔ライブ授業、オンデマンド授業を採用したのだ。

 

豊田 庄吾氏

海士町で公立塾を運営しながら、同コースの地域教育コーディネーターとして教鞭も執っている豊田庄吾氏は、ブイキューブ製品を活用した遠隔教育について次のように述べている。

 

「『ふるさと魅力化フロンティア養成コース』では、構成主義(※)による学習を目指しています。構成主義での学習を実現するには、受講者自身が学習すべき内容を自ら考えつつ、最終的には自分自身で講義内容を決められるようになる必要があります。そのためには、双方向性のある学びの場が欠かせません。そういった意味で、ブイキューブ製品は多人数での講義形式の学習だけではなく、少人数での双方向性のある学習も実現できると感じています」

 

特に、ホワイトボード機能やメモ機能を活用して、講師と受講者、あるいは受講者どうしが相互に考えながら学習するようにしているという。

 

※ 教育における構成主義とは、学びを構成するメンバー(学習者)によって学びそのものが変わってくるという考えかたに基づき、学習する側が自分自身で理解を組み立てながら学ぶこと、あるいは、教える側が各学習者の持っている概念を前提に授業を組み立てながら教えることを言う。従来の教科書中心による一方向的な教育とは異なる

 

・ふるさと魅力化フロンティア養成コース
https://cerd.shimane-u.ac.jp/fmf/

多くの移住者が集まる魅力あふれる島に

産業活性化や「高校魅力化プロジェクト」といった取り組みによって、海士町には移住者が増えている。その多くが、海士町出身ではないIターンの若者だ。

 

そして、彼らの多くが海士町で「何か挑戦したい」と思い移住してきているという。

 

「『海士町を良くしたい』『社会をもっとより良くしたい』『とにかくこの島で何か挑戦したい』といったように、とにかく挑戦をしたいという若者が多く集まっています」(豊田氏)

 

一方で、移住者が増えると地元住民との軋轢が生まれるケースも懸念される。しかし、豊田氏によると移住者と地元住民は「とてもうまくやっている」。

 

「海士町には、様々な人たちと交流してきた歴史があります。だから、他所から来た方たちに対しても懐が深いんですよ。私自身、Iターン者ですがそのことを実感しています」(豊田氏)

 

本土よりも大陸に近いという地理的条件を鑑みても、国内に限らず、様々な国の人々と交流があったことは想像に難くない。

海士町のこれから

現在は、豊田氏を含む20人ほどのメンバーで海士町の総合戦略を検討しているという。行政職員と民間人が半々という構成のなか、約半数のメンバーはIターン者。地元住民だけではなく、移住者を含めて、海士町に暮らすみんなで未来を考える。そんな姿勢がうかがえる。

 

そんな海士町のこれからの展望について、豊田氏は次のように語る。

 

「挑戦したい人が海士町に来る。また、海士町の子どもたちが島を出て挑戦し、時を経て再び戻ってくる。そんな風に、挑戦する人が循環するようになれば良いですね」

 

「自立・挑戦・交流」

 

これは、海士町の町政経営の方針として掲げられている言葉だ。

 

革新的な挑戦を次々と実行し、移住者との交流も深めながら、地方自治体としてしっかりと自立している姿がそこにある

 

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